「きらきら」

藁にもすがる思いだった。
「…これは興味深いな」
とある噂をネット上で見つけた私は、すぐさま近所のペットショップの割引きたぬきコーナーに足を運んでいた。
いつも閑古鳥が鳴いているので、近づく人間に気がつくと割り引きたぬきどもはケースに顔を押し付ける。汚い。
「こんにちわ！こんにちわだし！」
「スズキ…飼って…飼ってし…」
「みてしみてし！じょうずに踊れるし！きっつっ…あっ」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「……………」ﾌﾟﾙﾌﾟﾙ


割引きたぬきコーナーではこちらの姿を確認すると呼びかけてくる個体、
アピールに余念が無さすぎて転倒する個体、周りが騒いでいるから反応したいがケースにみっちり詰まっていて動けない個体など色々な…ていうか大きさと行動以外全部同じに見える…が、お目当ての個体がそこにいた。

ちなみに全部のケースに30%だの50%だの80%引きだののシールが貼られていて、
<間違えて仕入れすぎました><助けて><もう保たない>
などのPOPも飾られている。飾らない方が良いのでは？




割引きたぬきどもと違い、まだシールの貼られていない、売れ線の仔たぬきはひとまとめにケースに入れられ、好き勝手に踊ったりｼﾞﾀﾊﾞﾀしている。
そちらに目をやると、割引きたぬき達の騒げる個体は一層騒がしくなった。
「そっちじゃないし！こっちだし！」
「もう売れ残るのはやだしーーー！」
「スズキ…こっち…スズキ…」
だが今回は、用があるのは仔じゃなかった。
「この子ください。80%引きのやつ」
「………！」　
「そいつでかいだけの無能し…」
「わたしの方がかわいいし！節穴し…」


予想外の展開に、8割引きたぬきの、ションボリした目尻に涙が浮かび、
下唇を突き出して強烈にへの字だった口がぽかんと開く。
安いし、目当ての個体だ。私もこのたぬきどちらもラッキーだったというわけだ。
一旦フェイントをかけて、ぬか喜びさせても良かったが、今回はストレスをかけないことが重要だった。　
「こっちも連れてけし！…連れてって…」
「スズキ…」
「待つしハゲ！はげしーハゲ！」
最後のやつちょっと待て。お前だけ後日来店して値下がりしたら『買って』やるからな。
その後選んだちょっとした飼育グッズと共にたぬきがお会計されていく。本体が1番安い。
カウンターの上でションボリ立ってるこのたぬきはその事を理解できているのか興味深い。


「ちょっとこの大きさだと、うちではケージが無いですね…」
店員が困った様子で告げる。
「じゃ、このまま連れて帰ります」
なら売るなよ、と言いたいがあの店内の様子ではこんなにデカくなるまで売れないとは思わなかったのだろう。
「ごめんし…申し訳ないし…」
このままではケースに戻されると思ったのか、
ブツブツ呟いてピクピクふるえるたぬきを小脇に抱え、店を後にする。
おそらく、今まで自分をバカにしてきたであろう同族たちと、長いこと過ごしたケースが遠くなってゆく。
このたぬきは何を想っているのか。腕の中で力なくｼﾞﾀﾊﾞﾀしていた。


「おかゆいところはございませんか〜？」
「ありませんし…んふっ…し…」
風呂用の丸椅子に座らせ、ねっとりとしたシャンプーを掌で混ぜ合わせ、たぬきの頭を包み込む。
頭のてっぺん、こめかみ…耳には泡が入らないように気をつけながら、たぬきの頭皮を揉み、ほぐす。
血行をよくしてやることで、隅々まで栄養が行き届くしツヤも出てくる。
まるで自分の頭を洗うように、優しく、根気よくマッサージしてやる。
顔に湯がかからぬよう、圧を弱めたシャワーで泡を洗い流す。
毛先まで汚れを落とした後は、トリートメントで毛髪を優しく保護する。
身体も洗い、ヘアゴムでまとめた髪をタオルで作ったターバンに収めると、たぬきが肩まで浸かれる程度に湯を張った浴槽へ両手でそっと下ろしてやる。



「湯加減はどうだ？」
「ちょうどいいし…ぽかぽかだし…」
顔が上気し、たぬきは頬を赤らめる。
「…もう出てもいいし？」
「もうちょっとな。10数えようか。いつも通り、真似してみな」
いーち、にーい…1人と1匹の声が風呂場にこだまする。

ドライヤーで熱を与えすぎると却って痛めるので、水気をよく吸うタオルで拭いてから低温モードを吹き付ける。
「ぶおぉぉーー…し…」
なされるがまま立っているたぬきだが、ドライヤーの音にもすっかり慣れたものだ。
最初はあんなにジタバタしていたのに。
しっぽも濡れるのをいやがるので、優しく丁寧に拭きあげる。


「ちゃんと大人しくできたな。えらいぞ」
風呂上がりには冷た過ぎない程度のミネラルウォーターを飲ませ
日替わりでアイスクリーム、カルピスで作ったゼリー、プリンなどを出してやる。

「なんでこんなやさしくしてくれるし…？ちょっとこわいし…」
今日は特別暑かったので冷凍マンゴーを砕いたカキ氷を出してやった。時間をかけて味わった後、一息ついて、たぬきがぽつりと呟いた。
「お前のその髪がキレイだなって思って。だからウチの子になってもらおうと思ったんだ」


嘘はない。本当のことを伝えた方が、より信頼を得られるだろうし、こちらも動きやすいものだ。
8割引きたぬきの表情が、ぱあっと明るくなる。
「おみせのスズキがキレイにしてくれてたし…じつはじまんだし…！」
なるほど。自尊心は完全には破壊されていなかったのか。あの店自体はたぬきを大切にしていたようだ。仕入れすぎた責任感からだろうか？
その割にあのケースに押し込まれ続けた結果猫背というか首が突き出してバランスが崩れ、まともに歩けなくなってるけど。


ある日、おやつを食べた後、洗濯物を取り込んでいた時の事だ。
がしゃん、と音がしてそちらを振り向くと、
「お、おおお、おてつだいをっ…」
たぬきが床に倒れ伏してジタバタしていた。その手の先にはオヤツを入れていた皿が割れ、破片が散らばっている。
「いつもお世話になっててっ…」
四つん這いになって、必死で破片を拾い集めようとする。
「いや、いいんだよ。もう古くなってたし」
「ごめんし…アッごめんなさいし…！すみませんし…！」
青ざめた顔で謝罪を続けるたぬきに手を伸ばすとーーー自分から頭を差し出してきた。
その頭を、軽く撫でてやる。いい手触りだった。
「手を切ると危ないから、じっとしてな」
「はいですし…」




そろそろ、いい感じになってきたな。
私の目線に気がついて、たぬきがもじもじ、お尻をフリフリさせる。
「ご…ごしゅじんなら…好きな時にさわっていいし…」
承認欲求が満たされたのか、だんだん饒舌になってきた。
いつもならこのまま扱いを急転直下させて尊厳破壊に持っていきたいところだが、今回はとにかくストレスをかけない事だ。目的を達するまで、何度も我慢が必要になるだろう。
こちらのストレスは取るに足らない。


だが増長することもなく、ただただ真っ直ぐに、たぬきは素直に私に懐いていった。
連れてきてしばらくは放し飼いにしてやっても隅で震えていたのもずいぶん前だ。
今では伸び伸びと、部屋の掃除などを手伝い一緒に昼寝したり、夜は私の膝の上で映画を観たりなんかしている。
却って胸が苦しくなった。
畜生以下だったら、もっと遠慮なくやれただろうに。
一生懸命テーブルを拭き終わり、ふきんをバケツにつけた後、嬉しそうに両手をばたばたさせながら、こちらに駆け寄ってくるたぬきを見てそう思わずにはいられなかった。



さてーーーそろそろかな。
ある日の深夜。とっくに寝入ったたぬきを起こさぬようにそっとベッドから出る。
寂しくないようにくまのぬいぐるみ(ベアルフくん)を与えてやったはずだが、いつの間にか
「一緒に寝ていいし…？ベアルフくんも…」
と申し出られ、一緒に寝るようになってもうどれだけ経つだろうか。
きっとそれも、今日で終わりだ。
どんな夢を見ているのか、隣に寝かせたベアルフくんに抱きついて、たぬきは幸せそうに寝息を立てている。
左手で髪を撫でた後、うなじが露出するように髪の毛を掌全体で軽く持ち上げた。


なるべく苦しまないように、一発で済ませたい。
手にした刃物が、闇の中で鈍く光る。
ーーーさよなら。
じょきん、と音がして。
落成式のテープを切るのとはわけが違う、重く暗い感触が手に残る。
想像していたより、ずっしりとした感触だった。
これだけあれば十分だろう。あとは“残り“をどうするかだが…。
思案しているうちに、人感センサーで灯りが点いて、部屋の中が一気に明るくなり、惨状が照らし出された。



「ごしゅじん…？どうしたし…？」
ショボショボした目をこすりながら目覚めるたぬき。
なんだか、やけに頭が軽く感じる。
目の前には、敬愛するご主人が立っている。
その手元にある物体に気がつくと、たぬきは次の言葉を失った。
それはーーーたぬきの髪の毛だった。右手にハサミ、左手に髪の束。
最高級のヘアオイルに守護られ、
しっとりとツヤを保ち、本来の持ち主から離れてもきらきらと輝いていた。
「え…えっ…なんで？な？んで…！？！！？なんでし！？」
後頭部に手を伸ばすが、あるはずのものがそこにはない。
何度も手をすかし、それでも受け入れられぬ様子で何度も手を後ろにやる。



ほんと良いリアクションするなぁ、こいつ。
身体をわなわなと震わせ、じたばたしないのが却ってショックの大きさを際立たせているようだったが、手を動かす様がじたばたに見えてきてなんだか可愛く見えてきた。
だがそれもやがて、現実を受け入れると共に力なく垂れる腕が終了の合図を告げる。
その時、不思議なことが起こった。
残った髪の毛のいくつかが、根本からジワ〜と白くなっていく。
ええ…こんなんなるんだ…？怖…
裏切られたストレスがたぬきの毛髪に栄養を送ることをやめた途端ーーー艶を失い、手触りは見るからに悪そうに萎びた白髪混じりが出来上がる。



すごい。切り離した途端に別々の存在みたいになった。生命の不思議を感じる。
こちらは感動で震え、たぬきは落胆に震えた。
「ひどいし…あんまりだし…ひどいし…」
積み上げてきた信頼は失ったが、ようやく手に入れた本当に欲しかったものに比べれば安い。安すぎる。
愛着がなかったといえばウソにはなるが…。
ここからどうしたってたぬきと過ごしてきたあの日々はもう戻らない。
抜け落ちた毛髪のようなものだ。



「元々これが目的だったからな」
つぶやいた飼い主の頭は、うっすらですらない。
毛髪という概念が頭部から消失している。
おかげでいいトシになったのに婚活もままならない。
だが、これだけあれば良いカツラが作れるだろう。
「ごしゅじんなら」
小刻みに震えるたぬきはか細い声で、絞り出すように言った。
「言ってくれれば…あげたし…」
ずき、と胸の奥で何かが疼いた。
そうか。私は、順番を間違えたのか。
しかし、それはどうで良いことだった。
目の前の何かが喋っても、何も感じない。
そう思うことにした。
「でも、もうむりだし…」
「そうか。ならどうする？」
「出ていきますし…お世話に、なりましたし…」



猫背のせいでまともにまっすぐ歩けないが、
たぬきはトボトボと歩き出す。
扉を開けてやると、頭をちょこんと下げた後、振り返ることなく去っていく。
あいつ、元のペットショップの場所もわからないだろうに。
外で生きていく術も知らないだろうに。
これからどうするんだろうか。

まあ、処分する手間が省けたから良いか。
それだけ考え終えると、やけに短くなった後頭部が目立つたぬきの姿には一瞥もくれず、男の家の扉は閉じられたのだった。
　



今日はいい日だ。
たぬきの髪の毛を元に作ったカツラはとてもよく馴染んでいた。
あの日、ネットで見た情報を信じて行動して良かった。
ほんと、いい“買い物”をしたものだ。

「でてけし！でてけし！変な髪！」 
「気味がわるいし…感染ったらやだし…」
「病気のたぬき…さわるな…」
「お前なんか仲間じゃないし！」
何やら騒いでいるのが聞こえたが、私には関係のないことだった。
カツラのおかげで婚活はうまくいきそうだ。
今日はこれから、婚活サイトで出会った女性と何度目かのデートだ。
うまくいけば、今日あたりは……。
あのたぬきに、そこだけは感謝かな。



この男のその後はというと。
綺麗に合わせたカツラを武器に、女性と良いところまで行ったが、
その後カツラなのがバレて普通に振られた。
オワリ